7 群内の社会関係
霊長類では親密さの指標のひとつとして近接や毛づくろいなどがよく用いられてきた (e.g. 総説77)。
近接と毛づくろいには多重共線性が生じることが多く、一般化線形混合モデル(GLMM)が解析の主流となってからは複合社会性指標(composite sociality index、CSI)78 で一つの指標として解析することが多い。
7.1 個体間距離(近接距離)
7.1.1 凝集性(cohesiveness)
個体間距離が視界外になっても社会関係がみられる。 ヤクシマザルは活動項目(activity badget)と社会関係によって個体間距離を変化させている79。活動項目を見ると、毛づくろい・休息時は短く、移動・採食時は長い。一方社会関係では、血縁個体とは音声が聞き取れる範囲内(20m-200m)の距離でつねに維持するが、低順位個体は高順位個体とはあまり近接せず、順位差が開くほど離れている時間が長くなることが知られている。これは食物分布に対応した個体間距離をとり、社会交渉を維持するために個体が集まっていることを示唆する。
7.2 毛づくろい
霊長類では親密さの指標のひとつとして毛づくろいがよく用いられてきた (e.g. 総説77)。
7.2.2 集中力の指標としての目の瞬き
飼育下の霊長類で、ヒト同様に瞬き(瞬目、blinking)と関連する神経系の相関や瞬目に及ぼす社会的要因について調べられてきた91,92。しかし、野生の霊長類で集中力の指標として瞬目を調べた研究はこれまでなかった。金華山のニホンザルを対象にした研究で、瞬きは毛づくろいの集中力の指標となりうることがヒト以外の野生霊長類で初めて明らかになった93。
この研究から瞬目の特徴は以下のことについて明らかになった。
- 手掻きや手を口に運ぶときに同期する
- 休息時より毛づくろい時に瞬目率が低い
- 瞬目率が低いほど、寄生虫の除去頻度が高い
瞬目が親密さの指標となりうるかどうかは今後の研究で明らかになることが期待される。
7.3 敵対的行動
喧嘩もまた社会的な行動であり、敵対的行動(antagonistic behavior)や攻撃(aggression)と呼ばれる。
ニホンザルの敵対的行動には、威嚇、突進、噛む、掴むなどの肉体的接触が伴う行動94のほかに、高順位個体が接近してくると低順位個体が歯をむき出しにしたり(グリメイス:grimace, fear grin, bared-teeth, teeth baring)、場所を明け渡す(サプラント:supplant)行動がみられる。
7.3.1 グリメイス
霊長類95,96,97のみならず様々な哺乳で報告されている。グリメイスは順位序列が厳しい「専制的な」マカク属のサルでは、低順位個体から高順位個体に対して一方方向的に生じることがで知られているが(アカゲザル98,99、ニホンザル100、ブタオザル101)、そうでない「寛容的な」マカク属のサルでは、双方向的であることが知られている(バーバリーマカク102、トンケアンマカク103、ムーアマカク104)。
勝山(岡山)のニホンザルにおいて、採食時の敵対的交渉後のグリメイスには、再攻撃される可能性を低下させ、攻撃後1分後の攻撃者との近接可能性を増加させる機能があることが報告されている105。
7.5 社会性
ニホンザルはマカク属の中で最も専制的で不寛容である典型的な一種とされる111,112,113。それはたいていの敵対的交渉は一方方向で、仲直り行動はあまり起こらないためである100,114,115,116。しかし、ニホンザルには種内変異(intra-species variation)が知られている117,118,119。
例えば、小豆島集団では気温の影響を考慮してもサル団子をつくるサルの頭数が高崎山集団より多く、これは他個体に対する寛容性のちがいが指摘されている120。さらに大きなサル団子をつくることができる淡路島集団では、寛容性に関わるとされる紐引き協力実験121を行い、淡路島集団では高い割合で成功したものの勝山集団では低かった122。寛容的な社会であるとされる淡路島集団の特徴として、休息時の凝集性の高さがある。この理由として、3者以上からなる毛づくろい交渉と子守り行動の頻度が高いことが指摘されているが123、寛容性が高いとできるとされる協力行動ができる点が特に顕著である122。
寛容性の指標として使われている行動は、
- 反撃行動の頻度が高い(=けんかの頻度そのものは低くはないが、肉体的接触を伴う激しい攻撃は少ない)
- 仲直り行動の頻度が高い
- 毛づくろいが近縁個体(or/and)高順位個体に偏らない
- 子守り行動の頻度が高い
- コドモの取っ組み合い遊びが長く続く
ヤクシマザルの社会は、本土のニホンザルより寛容的な社会(tolerant society)といわれている理由は、次の4つの事象が挙げられている118。
これらの他にも、子守り行動(infant handling)においてアカンボウが泣くなどのネガティブな反応を見せてもなお子守行動ができるのは、社会的寛容性が至近要因の一部として働いていることが示唆されている20.