2 発達

ニホンザルの子育てについては日本語の総説がある8

2.1 アカンボウ期

本土のニホンザルはオスのアカンボウの方がメスよりも母親から離れようとするのが早く、生後1週間ほどで見られる9

2.1.1 子守り行動

アカンボウ期では、子守り行動 (infant handling*)についての研究が多く、母親の子育てスタイル10や子守り行動をする個体の行動パターン11,12など様々な観点から検討されている。

ヤクシマザルでは、ニホンザルで唯一過度な子守り行動 (excessive infant handling) が確認されている12。詳しくは(cf. 社会性)。

*: 用語についてはさまざまあることに注意。

2.1.1.1 アカンボウの顔と子守り行動の関連

ヒトにおいて、未成熟個体の顔の特徴は子守り行動の発現に極めて重要である。この観点からニホンザルを対象にした研究では13、ニホンザルでも、広い観点でヒトや大型類人猿での先行研究と一致していて、顔の非線形的な成長曲線はヒトと類似していた。しかし、ヒトとは異なり、アカンボウの顔は母系でも非母系でも子守り行動と相関していなかったうえ、顔の発達変化はアカンボウの行動発達と関連していなかった。これらのことから、アカンボウの顔の多くの特徴は霊長類で共通しているが、ヒトは特有の特徴を選択するように進化した可能性がある。

2.1.2 アカンボウの採食

ニホンザルの母乳は生後半年を過ぎると半減するため、食物環境が厳しい冬ではアカンボウはある程度自力で採食しなければならず14,15、食物の堅さや処理のしやすさから、いつも母親と同じ食物を採食できるわけではない。屋久島のアカンボウは、入手や処理しやすい果実や花により多くの時間を費やしており16、またアカンボウ同士の伴食が下北半島のアカンボウより高いことから(屋久島:51%、下北半島:21%)17、アカンボウ同士の集まりはアカンボウが好む採食場所の発見効率を上げ、このような屋久島でのアカンボウの伴食はヤクシマザルの寛容性により実現されている可能性が指摘されている(cf. 社会性)。

2.2 コドモ期

3歳を過ぎる頃から、メスは母親と近接する時間が長く、弟や妹の子守り行動が多いがほかのコドモとの遊ぶ時間は減る。一方で、オスのコドモは遊びの時間はあまり変わらず、母親との近接時間が減少し18,19、群れ周辺にいるオスたちとの交渉をもち始める18。屋久島での発達についての詳しい研究はないが、ほぼ同様の傾向がみられる20

オスは同年齢のオスとよく近接し、メスは年下個体と交渉している傾向がある21

2.3 オスの移出

移出 (dispersal)
群れから出ていくこと。ニホンザルでは、オスが性成熟する前に自分が生まれ育った出自群を出て、メスは基本的に出自群で一生を過ごす22,23,24

2.3.1 出自分散 (natal dispersal)

出自群からの移出である出自分散 (natal dispersal) について金華山と屋久島で比較した研究では24、平均年齢で屋久島が5.3歳(3.5-10.5歳)、金華山が4.7歳(3-9歳)であった。金華山については別の報告25でも同様の傾向(平均値・中央値ともに5歳、3-9歳)であり、4-6歳で移出する割合が全体の92%を占める。

2.3.2 移出するオスの行方

箱根での複数の餌付け群によるオスの移出(出自分散、二次分散の両方を含む)に関する研究では、2歳以上の消失個体のうち、移出した42%(20頭)が他群へ接近・加入し、近接・加入する際、近接群だと5カ月、そのほかの地域個体群の場合、1年以上かかることが報告されている26

2.3.3 出自群に長居するオス

オスが7、8歳以上になっても長く出自群にとどまることと、母親が高順位であることは高い相関関係がある27,28

2.3.4 ヤクシマザルのオスの移出

屋久島ではオスの分散は交尾期に集中しており、これは屋久島では群れ同士が隣接しあっているためとされる29

引用文献

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Sekizawa, M. & Kutsukake, N. Pattern, function and constraint of infant handling in wild japanese macaques. Ethology 128, 412–423 (2022).
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Lee, B. & Furuichi, T. Persistent infant handling despite an infant’s negative reaction by female japanese macaques in yakushima (macaca fuscata yakui): Exploring its function, process, and relationship to social tolerance. International Journal of Primatology (2024). doi:10.1007/s10764-024-00440-8
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